信用拡張乗数の大幅低下

信用拡張乗数を規定する要因は預金準備率(預金の引出しに備えて積み立てる法定準備金に銀行が自主判断で保有する自由準備金を加えたものを預金で除した比率)と現預金比率(銀行の保有現金を預金で除した比率)である。このなかで預金準備率は原則的には金融政策における政策手段の一つである。通常は、FRBが準備率を引き上げれば引締効果が発揮され、信用拡張乗数が低下し、これによって通貨供給量の増勢が抑制される。だが八九年半ば以降、とくに九〇年半ばからは、FRBは金融政策を着実に緩和サイドに運営していった。このことは、信用拡張乗数の大幅低下が現預金比率の急上昇に起因することを意味している。

現預金比率が上昇に転じることは、単位当たり預金に占める保有現金の比率が上昇し、貸出等のウェートが低下することである。このことは、預金をベースにしか信用創造を示す貸出の低下につながり、それが見返り預金の低下をもたらす。こうして、結果的に通貨供給量の増加を抑制する。九〇年代に入ってからの現預金比率の上昇で特徴的な点は、それが主として預金の減少によって生じたことである。表は、米国の金融システムがS&Lや商業銀行の経営不安により、重大な事態に直面しだした八九年春から九四年初めまでの預金動向を示している。

これをみると商業銀行とS&Lの両業態で小口分と大口分の定期預金が著しい減少となっている。とくにS&Lの定期預金は小口分と大口分を合わせると、この間に四三〇八億ドルもの減少をみている。また商業銀行でも大口分を中心に、定期預金は一四一七億ドルの減少を記録している。これだけの規模の預金減少がわずか四〜五年間程度で生じるといったことぱやぱり尋常なことではない。

S&Lを中心に巨額の預金減少が生じたことと、連邦政府によるS&Lの救済活動とは深くかかかっている。経営危機に見舞われた多数のS&Lに対処するため、八九年八月にRTC(整理信託公社)が設立された。RTCが経営危機に直面したS&Lに対処する中心的な方法は、まず最初に問題化したS&Lを一括して買い上げ、後にそのS&Lを他のS&Lに合併させるか、またはその資産を売却処分することであった。