自動車の社会的費用

ウィルソンは、地球上に生命が誕生してから四〇億年のときが経ったが、その問に、生物種が大量に失われたことが六回あったことを示します。現在、その第七回目の生物種の大量喪失期に入っているというのが、ウィルソンの主張です。熱帯雨林の破壊は、この二〇年ほどの間、年々ひどくなってきています。アマゾンの熱帯雨林の場合にみたように、ヨーロッパ文明が入ってくるまで、先住民族は、熱帯雨林の生態系を破壊することなく、たくみに利用して生活をいとなんていたのです。

最近のことですが、熱帯雨林の破壊を憂いた、ある科学者が興味深い仮説を出しました。数年前、人体の免疫機能を働かせなくしてしまう、おそろしい病原菌が発見されました。免疫機能というのは、人体に危険な徽菌が侵人したとき、血液のなかの白血球が微菌を殺して、人体の安全を守る働きをすることです。風邪をひいたときに、熱がでるのも、この免疫機能が働いて、体温をしげるからです。エイズ症候群は、この人体の免疫機能を働けないようにしてしまう病原菌によっておこされる病気ですが、現在、すでに世界中で数百万人のエイズ患者が出ているといわれています。

また、ラッサ熱、エボラ熱など、エイズと同じように、まったく新しい病気がつぎつぎに発生しています。これらのおそろしい病気はいずれも、熱帯雨林のなかに生息する微生物によってひきおこされるものです。このことを研究したある科学者がつぎのような仮説を出しました。人間があまりにもひどく熱帯雨林を破壊しているので、熱帯雨林自身の免疫機能が働きはじめて、外敵である人間に対して、つぎつぎに強力な病原菌をおくりだしているのではないだろうかという仮説です。もちろん、これはたんなる仮説にすぎませんが、科学者たちが、熱帯雨林の破壊をいかに憂いているのかを示すよい例ではないでしょうか。

自動車は大へん便利な乗物ですが、第四章に述べたように人きな害毒をもたらしています。自動車が社会に与える害毒によってどれだけの被害がおこっているのでしょうか。この被害の大きさをはかったのが自動車の社会的費用です。日本で、自動車の社会的費用はどのくらいの大きさになるでしょうか。この問題を考えてみたいと思います。じつは、社会的費用の大きさをどのようにしてはかったらよいかについていろいろな考え方があります。まず最初に、これまで使われてきた代表的な考え方を紹介することにしましょう。自動車の社会的費用について、日本で最初に計測したのは、一九七〇年、運輸省によっておこなわれたものでした。

運輸省の計測は、一九六三年から一九六八年のデータについてなされています。まず最初に、交通安全施設の整備にどれだけ費用がかかったかを計算します。踏切道の立体交差化、信号機の設置、歩道や横断歩道橋、さらに児童公園の整備が主な項目です。つぎに、自動車事故による損失額を求めます。運輸省の計測ではつぎのような方法がとられています。いまある人が自動車事故で死亡したとします。もしかりにその人が事故にあわないで、天寿を全うしたとすれば、一生を通じてどれだけ所得を得たかを推計し、その割引現在価値を計算して、死亡損失額とします。割引現在価値というのは、一生を通じて得られる所得を単純に足し合わせるのではなく、将来の所得は適当な割引率で割り引いて合計することを意味します。