白頭山の領有権

市のケーブルテレビには韓国テレビの専門チャンネルが現れ、韓流ドラマや人気バラエティー、ニュースまでがリアルタイムで放送されている。二〇〇六年に延吉市政府庁舎を訪ねた七き、市の朝鮮族職貝たちが「昨日のSBS(韓国の民放局)のドラマ見た?」と挨拶代わりに会話を交わしていたのを見て、少し驚いた。当然ニュースも見ているわけで、彼らが冬季アジア大会のハプニングをどう受け止めたのか気になるところだ。延吉市で目立つもう一つの韓国化け、韓国で絶大な勢力を誇るキリスト教の教会だ。一〇年前はまったく見かけなかった教会があちこちに建てられ、郊外の僻村にまで場違いな赤い十字架が立ち始めた。

ほとんどが韓国の教会の支援を受けているとされるが、中国当局から宗教指導の免許を受けた朝鮮族によって運営されているので、規制する手段はない。脱北者の支援もこうした教会経由で行われている場合が多く、中国の公安関係者は神経を尖らせている。ところが、こうした延辺の韓国化に中国当局がブレーキをかけ始めたようだ。白頭山観光の拠点を吉林省省都長春市へ移そうとしているのだ。吉林省は○五年八月に「長白山保護開発管理委員会」を直属機関として設立させ、延辺朝鮮族自治州が担当していた白頭山の開発管理業務を移管させた。すでに、長春市から白頭山に通じる高速道路や、白頭山西麓にある松江河鎮近郊で「白山空港」の建設に着手するなど、漢族が観光事業の主導権を握るのは時間の問題となっている。

○八年に空港が完成すると、毎年五〇万人以上の中国人観光客が白頭山ならぬ長白山に押し寄せることになる。また、中国は長白山という名称でユネスコ世界遺産への登録を計画しており、前述のハプニングが起きた冬季アジア大会の聖火セレモニーも、○六年九月に天池で行われた。さらに、一八年の冬季五輪誘致に向け、国際スキー場やホテルの建設計画まで明らかになり、民族発祥の聖地を乗っ取られた思いの韓国人は反感を募らせていた。やや唐突に思われる韓国選手たちのパフォーマンスにはこうした背景があったのだ。

韓国にとって厄介なのは、同胞であるはずの北朝鮮の態度だ。韓国の月刊誌『新東亜』○六年コー月号によると、朝鮮労働党内に新設された金正日総書記直属の機関と思われる「三池淵指導局」が白頭山開発の主体となり、韓国が計画している白頭山観光の窓口となった。すでに南北で実施されている金剛山観光は現代グループが事業主体となっているが、白頭山観光は韓国観光公社が行う見込みだ。ところが、北側は観光事業の見返りとして三八〇万ドルを観光公社に支払うよう求めてきたのだ。早い話が金総書記への賄賂だ。韓国側か採算を問題にして断ると、北側の担当者はこう語りかけてきたという。

雨が金を出さなければ、我が領内の白頭山も中国のものになるかもしれない」中国は北に巨額の事業協力費を提示しているらしく、韓国は事業性にばかりこだわらず、まずは白頭山を手に入れる措置をとるべきだと、北朝鮮側は脅しともとれる発言をしたようだ。もはや革命の聖山もへったくれもない。漁夫の利で得られるものならなんでも手に入れようという魂胆だ。今後、中国が白頭山の開発を遮めれば進めるほど、北朝鮮は韓国へのユスリを強めていくに違いない。白頭山朝鮮民族の霊峰であると同時に、満州族にとっても聖地なのだから、韓国人の過敏な反応は的外れなような気がする。国際法的に韓国の領土として認められるはずもない白頭山を、領有権問題にからめて騒いでみたところで、自ら墓穴を掘るようなものだ。

ところが、問題の根っこには白頭山の領有権を超えた、重大な歴史論争が見え隠れするのだ。話は五世紀に最盛期を迎えた古代王朝、高句麗に遡る。いまさら高句麗もないだろうと思われるかもしれないが、将来の北朝鮮崩壊後の朝鮮半島と中国との関係にも影響を及ぼしかねない、意外に根深い問題が潜んでいる。高句麗論争の発端となったのは、○三年六月二四日付の中国の『光明日報』に載っか、「高句麗歴史研究のいくつかの問題に対する試論」と題された論文だった。同紙は中国共産党の学術分野を代弁する新聞であり、筆者の「辺衆」なる人物は中国学者ペンネームのようだ。辺衆論文で高句麗は、要約して以下のように説明された。