「アジア化」するアジア

アジアは植民地からの政治的独立以来の半世紀にわたる先行条件期を経て、一九八〇年代後半期より一様に高成長過程に入り、その過程で特有な自立的発展のメカニズムを擁するにいかったというのが私の見方である。現在のアジアを苛んでいる通貨・金融危機は、長期的な成長過程で生じた一時的な調整的困難であろう。事態を冷静に見据えた適切な政策の運用を図ることによりアジアはいずれ修復し、今ひとたびの高成長過程に入っていくにちがいない。高成長を追い求める若いアジアの国々のことを語る時、短期的な観点のみから事態を論じてもその見通しは大抵が誤りとなろ

本章はアジア太平洋に関する諸著作に対する私の評の集成である。アジア太平洋とはいっても焦点は、NIES、東南アジア諸国、中国を含む東アジアである。実際のところ、この二十年ほど太平洋の経済を動かしてきたものは東アジアであった。東アジアがこれまでどのような発展の動態をみせてきたのかについての解釈を排除して、現下の経済危機のみを論じる昨今の主張は危険である。東アジア経済発展の長期的なありようをここで確認しておこう。

東アジアの過去十数年にわたる経済成長の態様を眺めて気がつくことは、この地域の「構造転換連鎖」である。東アジアにおいては中心国の構造転換が周辺国の構造転換を誘発する要因となり、その周辺国の構造転換がさらに後発の別の周辺国の構造転換を促すという連鎖的継起が不断に持続してきた。しかも中心国より周辺国の転換速度の方が一段と速い。ある種の「周辺革命」である。

東アジアにおいて中心国から周辺国へと向かう転換連鎖が持続してきたというこの事実は、周辺国に中心国からの転換の波を自国の成長に有利な要因として内部化することのできる、つまりは「転換能力」が東アジアに備わっているということと同義である。東アジアのこの能力を看過してはならない。現在の通貨・金融危機が東アジアのこの転換連鎖の動態を終焉させるとは私には考えられない。

賃金や為替レートの上昇は停滞経済にあっては発展の厳しい制約条件となることが少なくない。しかし成長経済にあってはそれに応じて労働集約的産業を企業進出に一層後発の周辺国に委譲し、みずからはいっそうの高付加価値産業へと転換していく動因となる。周辺国は先発国から企業を導入してその供給力と輸出力を強化し、より高い産業・輸出構造へとシフトしていくことができる。